マリア・モンテッソーリ女史のお誕生日を祝う(149回目)

あれこれ

8月31日が、マリア・モンテッソーリ女史のお誕生日です。
2019年は149回目のアニバーサリーでした。
息子の学校では、毎年8月31日は学校がお休みで、
その前日にアニバーサリーの行事を行っています。
学校の先生が、マリアさんがどのような人生を歩み、
どのように教育に携わってこられたかを、子どもたちにとってわかる言葉で
愛情と尊敬をもってお話されているので、
息子から教えてもらうエピソードの数々は、とても興味深いものが多いです。

マリアさんはとても美しい方で、最初は女優志望であったとうかがいました。
それって日本語の文献などにも書かれているのでしょうか?
私は、息子から聞いて初めて知った話でした。

頭脳明晰で、教育者になる前は医師をされていましたが
それは大変険しい道であったと思われます。
イタリアにおいて初めての女医さんだったということです。
学生時代、医学部での女子学生はマリアさんお一人だったようです。

解剖学について、日本語に翻訳された書籍の中に印象的な記述がありました。
どの本だったかしら。
この中のどれかですけれども💦

書籍からの引用ではなく、私の言葉でまとめたものをここに記します。

解剖学が苦手で、生き物の解剖が耐えられない感じだった
解剖学の授業の帰りに、道を歩いている時、
ローマのスラムの貧しい子どもに遭遇して
ふつうの子どもらしさからかけ離れた無関心さと太々しさから、
生き物解剖出来ない自分のひ弱さを思い知った
その出会いが、のちに子どもの教育に携わるきっかけになった

という内容のものです。
私はこの部分がとても印象深く、記憶に残っています。

この件で、よりリアルなエピソードを息子から聞きました。
マリアさんはイタリアで初めての女医さんになるのですが、
医学部でも唯一の女子学生であったため、男子学生とは一緒の実験に参加させてもらえなかったということです。
だから解剖学の実験も、男子学生達が帰った後に、夕方かな、夜だったか
たったひとりで居残りのような形で行っていたということです。
夜の大学の実験室。
暗くて怖いかもしれませんね。

解剖学そのものというよりは、男女差別の残る時代に
その時代の先端を、たった一人で戦いながら道を切り開いていった方だったんですね。

学校の校長先生も女性なので、このエピソードは強い共感の元に
子どもたちに熱く語られたのではないかと思います。

解剖学の実験の帰りに、ローマの道端でふてぶてしい感じの
貧しいスラムの子どもに遭遇し
子どもから自分の弱さを教えられた、と。

これをただの生き物を触るのが苦手、という面だけを切り取るのと
男女差別が残る時代の、唯一の女子学生という孤独な立場でありながら
自分の進路を切り開いていく過程であったと見るのとでは
物事の見え方が全く違ってきます。

強く心を打たれました。

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